なろうと中世ヨーロッパ

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中世ヨーロッパ的世界を舞台とした小説作成のための参考資料と小説レビューを記事にしています!

紙と中世ヨーロッパ

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紙と本の違和感

 

なろうにおいて、私が違和感を覚えるのが多いのが紙・本についてです

 

例えば、魔法を使うために魔導書が欲しい場合に、「とても高価である」という設定のみが存在し、主人公たちにお金があれば買えてしまう場合が多い

 

ですがこれは大きな間違いです

 

紙や本が高価なのには理由があり、もしも本当に中世ヨーロッパ世界で任意の本を買い求めようと思えばかなりの時間と労力がかかったことでしょう

 

そこで今回は、中世ヨーロッパにおける紙や本について、本来はどのような状況だったのかまとめていきたいと思います

 

 

 

紙が高価な理由

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中世ヨーロッパには、日本語で『紙』と呼称できるものが少なくとも3種類存在していました。

 

それはパピルス羊皮紙中国紙の3つです

 

それぞれに高価な理由がありますので、1つ1つ解説していきたいと思います

 

 

まずパピルスが高価な理由ですが、これは生産地が原因です

そもそもパピルスとは特定の水草の茎から皮を剥いで引き伸ばしながら乾燥させて作られます。この原材料となる水草が古代からエジプトでのみ生産されており、中世ヨーロッパ世界では輸入するのに多くの国を経由しなければならないため多くのコストがかかりました

古代ローマの時代であれば、エジプトもローマ帝国の一部であり、また中心都市も現在のイタリアであるため比較的容易に調達できたパピルスも中世ヨーロッパ世界ではローマ帝国の崩壊とともに入手難易度が高くなっていたのです

 

 

次に羊皮紙です

羊皮紙が高価な理由は原材料が高価な他にその加工にも手間がかかる点にあります

羊皮紙という名前ではありますが、その原材料は羊の他に牛やヤギなど家畜全般になります。一般に家畜の皮を薄くなめしたもので、普通のサイズの羊からおおよそ6枚程度とることができたそうです

家畜一頭あたりの金額は地域や時代によって様々であり、現代価格として換算するのは難しいのですが、家畜をつぶさないと取ることができず、また、他の製品へと加工が可能な皮をあえて紙へ加工するのですから、値段はどうしても高くなってしまいます

また、羊皮紙は他の皮製品と同じように皮をなめして作る製品なので、加工にも手間がかかりました

1.10日程度消石灰の溶液に浸す

2.毛をナイフでこそぎ落とし、さらに2日程度流水でゆすぐ

3.木枠に張った状態で天日干しにする

4.穴や汚れがないかを確認し紙のサイズに切り分ける

簡易的に工程を説明するだけでもこれだけの手間がかかります

この原材料の値段と手間が羊皮紙が高価な要因だったのです

  

 

最後に中国紙です

中国紙とは中国発祥の製法で作られた植物由来の紙のことで、現在一般に使用されている紙の原型となるもののことです

ここでは中国紙と呼ばせていただいていますが、一般にはただ「紙」と呼ぶのが正しい呼称になる物です。中国紙はあまり中世ヨーロッパ世界のイメージが無いかと思いますが、12世紀ごろにはヨーロッパ世界へその製法が伝わっていました

 

中国紙が中世ヨーロッパ世界であまり流通しなかったのは、生産体制が整っていなかった事と紙の需要に起因しています

 ヨーロッパ世界に伝わったのが12世紀ごろなので、生産・流通を大々的に行うにはまだ生産するのに必要な工場が少なく、生産体制の整っていた羊皮紙に取って代わる程ではありませんでした

また、一般での需要も、今のような印刷技術がなく、一つ一つ手書きで書籍や文書が作られていたためそれほど高くなかったのです。そのため活版印刷が発明された後には羊皮紙に代わり普及していきました

 

 

上記で説明したように、紙にはそれぞれ高価な理由があります

なろうの中世ヨーロッパ風の世界観の物語にも羊皮紙が登場する作品は多いかと思いますが、生産に手間がかかり高価な物なので、羊皮紙は普通、店先で配られるチラシやギルドの張り紙など、単なる情報伝達には使われません。会議の議事録や日記など記録として残すために使用されるのが一般的かと思います

そのため、ギルドの掲示板などの情報伝達手段は石板や木板などで描写するとよりリアリティが増すかもしれません

 

 

本が高価な理由

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本が高価な理由は材料である羊皮紙の値段と作成の手間、そして入手難易度にあります

 

羊皮紙が高価な理由については上項で述べたので多くは触れませんが、今のように数百ページになる本であれば羊皮紙も数百枚必要になるので材料費だけでも莫大な金額がかかるのがわかります

 

さらに材料費だけでなく、中世ヨーロッパには現在のような印刷技術が存在しないため、1冊1冊手書きで書かれており1冊の本を仕上げるのに莫大な時間と手間がかかりました

例えば、1文字1秒で書けるとしても、10万文字の書物で10万秒=約28時間かかることになります。現在の感覚で自給1000円で人を雇って書かせるとしても、1冊書き上げるのに2万8千円の人件費がかかることになります。ここに飾り絵や装丁の値段も上乗せされるわけですから、現在の感覚とは全く違う高級品だったのです

 

また、その入手難易度が本の値段を跳ね上げていました

中世ヨーロッパの書籍のほとんどは写本と呼ばれる原本を書き写したものでした。そのため原本がないといくらお金を積もうが手に入らなかったのです

 

例えば、

あなたが中世のパリに住む大富豪だとします

あなたはどうしても手に入れたい本がありますが、その原本はナポリの教会にあります

そうするとあなたは、いつパリに入ってくるかわからないその本の写本を5年でも10年でも、輸入されるまでひたすらに待ち続けるか、ナポリまで使いを出して写本の作製依頼もしくは買い付けを行うしかありません

 

 

このように任意の本を1冊購入するだけでもこれだけの手間がかかってしまいます。現在のように、街の書店に行って買ってくるわけにはいかないのです。そのため、書籍の保管し一般人に公開しているような教会などでも、本の装丁に穴を開けてそこに鎖を通して盗難の防止をしていました

 

 

なろう作品でも魔導書など、本を購入するシーンなどがある作品がありますが、もし中世ヨーロッパの感覚で本を購入するのであれば、主人公たちは任意の魔導書を購入するのに数年から数十年単位での買い付け時間を必要とするはずです

本は高価だった、というぼんやりとした情報だけでなく、なぜ本が高価だったのかを考えながら書けば物語の世界観もより深みが増すのではないかと思います

 

 

 

おわりに

今回は紙や本について書かせていただきました。細かい、そんなところ物語の本筋とは関係ない、と思われるかもしれませんが、こういった細かい描写や設定が物語全体の世界観の深みへと繋がると思います

それに、お金が手に入った主人公が本屋に行って高価な魔導書を買う、では味気ないではありませんか

本当に中世ヨーロッパ世界での話であれば、本の買い付けだけでも十分な物語になり得るほどに時間と手間とコストがかかりました

せっかく中世ヨーロッパ風の世界なのですから、主人公が欲しい本を購入するために旅をする、そんな物語があってもいいと私は思います